■友醸会とは |
 千葉県は水も悪いし、あったかいし、いい酒なんかできるわけがねえ。
その言葉を聞くたび胸が痛んだ。
千葉にも全国の銘酒に負けない旨い酒があるんだ。
一生懸命こだわって、いい酒造っている蔵があるんだ。
日ごとにその思いが強くなり、友人酒販店にぶつけてみた。
「本当にそのとおりだ。よっしゃ、いっしょにやろう!」と友人も答えてくれた。まずは酒屋がもっと千葉の酒を研究して、数年後には千葉県から日本一旨い酒を造ろう。
そして将来千葉県が美酒王国と呼ばれるようになったらどんなにか素晴らしいだろう。
こうして平成十二年五月、七名の酒販店有志で千葉県酒おこしネットワーク友醸会が誕生した。
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友醸会発足後、私達は県内約四十蔵の酒を集めて二度にわたる試飲会を行い、またその中から選ん
だ何軒かの酒蔵見学をし、精力的に活動を始めた。どの蔵も皆頑張っている。全国の銘酒に追いつけ追い越せと必死に努力していた。その中に特に含み香の高い、芳醇で繊細な味わいの美酒を醸している蔵があった。長生郡一宮町の稲花酒造である。全員がその美味しさに思わず目と目を合わせた。
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「こんな旨い酒を醸している蔵が、千葉県内にあったのか」。この蔵との出会いに運命的なものを感じた。
私達は稲花酒造を、千葉の酒おこしのパートナーとして選んだ。
稲花酒造の歴史は県下でも古く、吟醸酒造りはすでに明治時代から手がけており、現在に至るまで全国新酒鑑評会での金賞をはじめ数々の受賞歴がある。また蔵元さんの酒質に対する厳しいまでの探究心は特筆すべきものがあり、南部杜氏宮川純氏との最強コンビで、平成十二年の南部杜氏自醸酒鑑評会で見事主席第一位の快挙を成し遂げている。現在南部杜氏は全国最大の杜氏集団で、ここでの首席は本当に素晴らしいの一言に尽きる。全国新酒鑑評会の金賞も実力が無ければ取ることは出来ないが、南部杜氏自醸酒鑑評会の首席は最も高いハードルであり、南部杜氏さんたちの最高の目標であろう。品評会が全てではないが、大吟醸酒という最高品質の酒造りへの技術の研鑚は、必ずや市販酒の品質向上につながるに違いない。
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 宮川杜氏にお会いして、まず驚いた。さぞかし厳格な風貌の方であろうと想像していたが、想像とは対照的で実に温厚で誠実なお人柄であった。 しかし、蔵元から宮川杜氏のお話を聞いて大変驚いた。杜氏は今年稲花酒造で六年目の造りになるのだが、四年目の造りが始まる前に、左指が使えなくなる程の大けがをした。酒を造る杜氏としては致命傷で、おそらくこれで杜氏としての仕事は絶望的で、復帰はできないだろうと蔵元は思ったそうだ。
宮川杜氏としてはちょうど蔵の環境にもなれて、自分の力を存分に発揮できる時期でもあった。
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 片方の手に大きな傷を負い、本当に良い酒が造れるのだろうか、さぞかし杜氏本人も落胆し悩んだ事だろう。
しかしその冬宮川杜氏はやって来た。筆舌に尽くしがたい苦悩と、強い意思があったに違いない。きっとこの冬、厳寒の蔵の中で宮川杜氏と、それを助け全力で酒を醸す蔵人さん達との、緊張感のあるドラマがあったことだろう。
そしてなんと宮川杜氏がその年仕込んだ酒は、平成十二年の南部杜氏自醸酒鑑評会で見事主席第一位の快挙を成し遂げたのだ。逆境を克服した宮川杜氏、また杜氏を信じ見守った蔵元、それに杜氏を補佐した蔵人達、お互いが信頼し合っていなければ、こんな快挙は成し得なかっただろう。まさに「和醸良酒」である。酒は環境や技術も大切だが、酒を醸す蔵人達の心の絆が、酒の味に素晴らしいエッセンスとなって表れるのだろう。どんな逆境の時でも、明確な目標と強い意志があれば、何でもそれを乗り越えられる。宮川杜氏に教わった気がする。この時我々は、新しい事に挑戦するのは稲花酒造しかないと、心に決めていた。
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